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〜ウンベルト・サバ詩集より〜 渇き(抜粋)

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秋が来て
樹々の葉を血の
赤で染めると、おまえは心を最後の
通告みたいに、ざわめかす、古い渇きよ。
失われた日々の、
中途で放棄した仕事の、
有り得たのに、そうならなかった
ことどもへの悔恨を目ざませ、
木の葉のように、やがて
散るヒトの中に、
墓に勝ちたいという
漠然とした望みをおこさせる。

ウンベルト・サバ詩集
須賀敦子訳




サバの詩。
本を取り気になったのはこの詩でした。
渇きから望みへとサバらしい気持の流れを心地よく感じました。
一文づつ細かく読み解くと楽しそうですね。
サバを題材にした大学のイタリア語学科の授業を受けたかったなと思います。

写真は今年の軽井沢旅行から。
借景です。












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by cafe-elefante | 2015-09-04 00:43 | ~ウンベルト・サバ詩集より~ | Comments(0)

ウンベルト•サバ詩集より〜丘の眺め〜


春が来てすぐにそこに見える
淋しい丘のむこうになにがある?

すこし低まり、またほんのすこし登る、
そのあたりで、思いなしか窪んでいるような。

まるい肩のあたり、ゆったりした腰のあたりに
白雲がまつわる丘もあるが、

こっちの丘のシルエットはもっとすっきりしていて、
高いところにあるぶどう畑の縁の

支柱が青くなっていたり。ガラスの破片が
きらきらして、太陽がいっぱいにかがやいて。その

うしろには、だれもいない砂浜の海みたいに、
神様の目が、無限にひろがっている。


ウンベルト•サバ
須賀敦子訳
 

*

インフルエンザから引き続き急性副鼻腔炎にかかりでヘロヘロでしたがやっと復活しました。
初インフル、甘くみてました。
診断をうけたらすべて投げ出してしっかり寝ないといけませんね。
とりあえず私以外の家族はインフルエンザにかからなかったのでほっとしています。
健康はありがたいです。


別の詩をUPしようかと思っていたけど、イタリアの風景が目に浮かぶ清々しい作品に差し替えました。

間も無く立春ですね。
旧暦の新年、明るい気分でいきたいです!










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by cafe-elefante | 2015-02-02 15:36 | ~ウンベルト・サバ詩集より~ | Comments(0)

ウンベルト・サバ詩集より 楽園のソネット

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白い小さな家が夢に出た、
坂を登りつめた丘の上に、なんとも
静かな空気の中に、丘の緑は繁茂し
寂しくて、祝福された時間。

かわいらしい仔山羊が夢に出た、
ひたと寄り添って、人間らしい穏やかさで
ぼくを見上げる、まるで密かな約束を
かわしたもの同志みたいに。そして、草を食む。

陽が沈む、ガラス窓にきらきらと
光を刻んで、金いろの華奢な光を、
寂しい丘のうえのあの小さな家の。

人生のあらゆる甘さすべて
あの一点に、ひとつだけのあの煌めきに
あつめる、あの別れのあいさつのなかに


ウンベルト・サバ
須賀敦子訳
みすず書房



*

今回は写真が先であとから詩を探しました。
清里、散策後の夕暮れの高原はぐっと冷えて、人影もなく、
ずっと先の清泉寮の光に安堵を感じた夕暮れでした。
(こちらは夢でなく・・・)
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by cafe-elefante | 2014-10-01 10:19 | ~ウンベルト・サバ詩集より~ | Comments(0)

ウンベルト・サバ詩集より 「詩人 カンツォネッタ 11」


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このことを措いてほかには
なにひとつ愛せず、わたしには
なにひとつできない。
痛みに満ちた人生で、
これだけが逃げ道だ。

困難な詩行を
紙に彫りつける、
その術ではあるのだが、
たびたび詩行というものは戦場で
にらみ合う敵どうしにも似ている。

どれよりもこころよい
脚韻をやわらかに耳が捉えて、
カンツォネッタのなんでもない流れに
女ともだちみたいに、添ってくれるとき、

ああ、このわたし以外に
だれひとり、その痛ましい
歓びを識っているものはない。
ぶどう酒を飲むだれが
農夫の労苦を、識っている?

この善きことのために、
わたしは、なんという責苦を
辛抱せねばならぬことか!

果敢に動いて、すばやく
跳びだそう、網のそとに。

大胆に抜け目なく、
というのも、ただひたすら
わが聖なる闘いに闘うため、
どれだけに敵を地に残さねばならぬことか、
どれだけの秘めしごとをわがうちに。

いのちを生きる、
よこしまな駆け引きを、
無限にくりかえしながら。
自分の一日を棘だらけに
一時間の無為のためにつぶす。

それでも、こころには
言葉を紡ぐことへの愛が
あって。なにもかもは、すばらしい。
人間もその痛みも、わたしのなかで
わたしを哀しませるものさえも。


ウンベルト・サバ

須賀敦子訳
みすず書房





*


今回は少し長い詩を。
写真はフィレンツェ•ピッティ宮殿庭園 2006年





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by cafe-elefante | 2014-05-27 23:44 | ~ウンベルト・サバ詩集より~ | Comments(0)

ウンベルト・サバ詩集より~フィナーレ~

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人間のいのちは暗く痛みに満ちていて、
なにひとつ、じっとしているものはない。

「時間」の歩みだけが変わることがない。
愛は一年を短い一日に似させ、
倦みはてたこころは、何年も何年もを
たった一日にとじこめる。それでも、その歩みは
停止することを知らず、変わることなく。キアレッタは、
少女だったが、いまは若い女で、
あすには女になるだろう。こんなふうに考えていると、
胸の真ん中にどすんと、
ひびくものがある、それを考えないためには、
技をみがかねばならない。わたしのなかの、多くの
ばらばらなことどもを、ひとつの美しいものにまとめる。どれほど
ひどい病気も、よい一行の詩なら癒してくれる。ああ、幾度、
 そして、これも入れて もう、だれも知らない、解らなく
なった、詩の一行のために、恥と障りにめげることなく、

わたしは深い悲しみから出発して、
道の途中で着いたのが大きな歓び。


ウンベルト・サバ

須賀敦子訳




*


時間ができたので詩集を開きました。
いままで目にとまる事の無かったフィナーレという作品がこの日は気になって
繰り返し読んでいました。


写真は先日撮影した咲きそめのあじさい。
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by cafe-elefante | 2013-06-08 17:01 | ~ウンベルト・サバ詩集より~ | Comments(2)

ウンベルト・サバ詩集より~愛についての詩(ある日曜日の昼食のあと映画館で)~

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日曜日、ここにいる群衆がぼくは好きだ、
しぜんに溢れているみたいな、小さい隙間に
割り込んではほっとして、ちょっとばかしの
アメリカふうの楽天主義を満喫している。

彼らのために生きるのはわるくない、と思う、
人間ってわるくないな、人生だって、と。
涙がゆっくりと目にあふれて、こころが
ひとりでに歌をひとつ、こんなふうにうたう。


ウンベルト・サバ 愛についての詩より一部抜粋



*

「こんなふうにうたう。」以降が長い詩なので
自分の好きな個所を抜粋しました。


日曜日の昼食後の映画館はサバの暮らしたトリエステでは
どのような雰囲気だったのでしょうね。

写真は日曜日のミラノ、ドゥオモ広場の朝です。


寒い日が続きますね。
マンションという気密性の高い建物で床暖房をつけていても
深夜になると足元がしんしんと冷えてきます。

みなさま、お風邪など召されませんように。
わたしも気を付けないと。

どうぞよい週末を☆
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by cafe-elefante | 2013-01-18 23:41 | ~ウンベルト・サバ詩集より~ | Comments(0)

ウンベルト・サバ詩集より「トリエステ」

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街を、端から端まで、通り抜けた。
それから坂をのぼった。
まず雑踏があり、やがてひっそりして、
低い石垣で終る。
その片すみに、ひとり
腰を下ろす。石垣の終わるところで、
街も終るようだ。

トリエステには、棘のある
美しさがある。たとえば、
酸っぱい、がつがつした少年みたいな、
蒼い目の、花束を贈るには
大きすぎる手の少年、
嫉妬のある
愛みたいな。

この坂道からは、すべての教会が、街路が、
見える。ある道は人が込み合う浜辺につづき、
丘の道もある。もうそこで終りの、石ころだらけの
てっぺんに、家が一軒、しがみついている。
そのまわりの
すべてに、ふしぎな風が吹き荒れる、
ふるさとの風だ。

どこにも活気に満ちた、ぼくの街だが、
悩みばかりで、内気なぼくの人生にも、
小さな、ぼくにぴったりな一隅が、ある。



ウンベルト・サバ

須賀敦子訳


*


1本のドラマのような詩。
強い風の吹く中世からの港町の、少しザラザラした情景と
中盤の緊張感から解き放たれる最後の1行が好き。
さいごはいつものサバ独特の優しさ。


**

授業中にトリエステの話になり、サバの故郷という事しかわからないと
イタリア語の先生に話すと、

「サバ知っているの?僕大好きなんだよ。あ~今胸がいっぱいです!!」と。
どうしてか”胸がいっぱいです!!”だけ日本語だった先生。
頬が紅潮していてよほどうれしかったらしい。

持ち時間がなくて詩の事までは話せなかったけれど、
自分の好きな詩の題名くらいはイタリア語で言えるようになっておきたいと、
できれば詩も暗唱できたらいいなとその時思った。
その時はね。

いや、でも、うん。
近い将来の目標にしよう。


写真は今を盛りと咲くベランダの花、ペティ。
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by cafe-elefante | 2012-08-19 09:31 | ~ウンベルト・サバ詩集より~ | Comments(0)

ウンベルト・サバ詩集「自伝 15」より

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おかしな古書を売る店がトリエステの
ひっそりとした通りにひとつある。
古い装釘にほどこしたとりどりの金の
飾りが、棚をさまよう目にとっての歓び。

そのしずかな界隈に詩人がひとり、
死んだものたちの生きた碑銘を
誠実で、あかるい、作品に織っている。
憂いのある、なんでもない、孤独な愛の詩。

ある日、閉ざされた狂気に潰えて死ぬなら、
それでいい。 愛する紙たちのうえに、
多くを見たこの目を閉じることができたら。

彼の時代に締め出されたもの、その空間に
容れられないものを、みごとに芸術はいろどり、
よりやさしい歌にして彼にくれたのだから。


ウンベルト・サバ

須賀敦子訳
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by cafe-elefante | 2012-01-28 23:06 | ~ウンベルト・サバ詩集より~

ウンベルト・サバ詩集より「われわれの時間」

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一日で、いちばんいいのは
宵の時間じゃないか? いいのに、
それほど愛されてはいない時間。聖なる
休息の、ほんの少しまえに来る時間だ。
仕事はまだ熱気にあふれ、
通りには人の波がうねっている。
四角い家並みのうえには、
うっすらと月が、穏やかな
空に、やっと見えるか、見えないか。
その時間には、田園をあとにして、
おまえのいとしい街を愉しもうではないか。
光に映える入り海と、端正に
まとまった容姿の山々の街を。
満ちたりた僕の人生が、
川が究極の海にそそぐように、流れる時間。
そして、ぼくの想い、足早に歩く
群衆、高い階段のてっぺんにいる兵士、
がらがらと行く荷車に、駆け出して
飛び乗る少年。そのすべてが、ふと
静止するかに見えて。これらの生の営みが、みな
不動のなかにたゆたうかに見えて。

偉大な時間、収穫をはじめたわれわれの
年齢に、よりそっている時間。



ウンベルト・サバ 

須賀敦子訳


*

じぶんが収穫をはじめた年齢にまでたどりついていると思えたら
この世の中を真面目に生きてきたと思っていいのだろう。
と、読後は少し前向きになれた。

市井の人々の人生を包み込むようなあたたかみのある良い詩だな。

詩に添えた写真はイタリア・フィレンツェのDuomoのてっぺんからの眺め。
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by cafe-elefante | 2011-12-02 07:20 | ~ウンベルト・サバ詩集より~

ウンベルト・サバ詩集より「手押車の若者」

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失われた愛をたしかめあうのも
いい、それぞれの受けた傷をいたわるのも。
だが、中にいるのが重荷だったら、
外にすべてを出せばいい。

窓を開け放て。人ごみにじぶんで
降りて行け。ちょっとしたことで、
うまくいく。いきものを見る、ゲームとか、
ブルー・ジーンズの、

手押車をおす若い労働者とか。
道を開けろと大声でどなり、
ちょっとでも下り坂とみると、
走るどころか、飛ぶ。

その時間、街にあふれる人びとは、
避けるけれども、黙ってなどいない。
そのうえを、がらがらと手押車の音と怒声が。
からだを揺すって、彼は歌う。


ウンベルト・サバ

「ウンベルト・サバ詩集」より

須賀敦子訳


*

ひさしぶりにサバの詩を。

いままで気に留める事のなかった一遍ですが、
今回読み返して、あぁいいなと。

最初の4行の心の動きから、その後の肉体の動きへの対比が楽しい。

荒々しい口調で快活に真面目に働く若者の笑い声が聞こえてくるようです。
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by cafe-elefante | 2011-09-27 09:30 | ~ウンベルト・サバ詩集より~ | Comments(0)

日々のこと、写真など・・


by kimmiy
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